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渡英・・。そして翌年・・・。

約6分

 

さて、Dragsterが完成した、Allardさんですが、1961年のBrighton speed Trials
でデモンストレーションを行いました。

イギリスでは有名なAllardさんはこの当時、イギリスのマガジン等によく出ていました。

そして、ここから話のパズルが徐々に組みあがり始めます!!

イギリスから遠く離れたラスベガスでSpeed Shopを経営しているを経営している、Dante Duceさん
(MOON Equipement companyのDealerでもあり、唯一MOONEYS DragsterとDragsterⅡを
ドライブしたPilotです。)がカリフォルニアで手に入れた、イギリスのマガジンを見ていると、
そこに出ていたのがAllerdの作ったDragsterでした。

それに興味を持ったDante DuceがAllardに電話!

Dante:「ワタシノナマエハダンテ、キミノ レースカーカッコイイネ。」

Allerd:「アリガトウ、キミモ スキナノ?」

Dante:「ハタシモ、ドラッグレース シテイルヨ。ソウダ!イッショニハシロウヨ!」

Allerd:「イイネ!」

というやり取りがあったかは不明ですが、Danteが電話をして話しを持ちかけたのは
本当です。

その後、DanteがDean MOONに連絡・・・。

Dante:「ヘイ!ディーン!イギリスデ、ドラッグマシンヲ、ツクッテル ヤツガ イルンダヨ!ユーノゥ?」

MOON:「アラードダロ?シッテルサ!ダッテ パーツ ウッタモン!」

Dante:「シッテンノカ?ジャァ MOONEYES Dragsterト ハシラセヨウゼ!」

MOON:「オモシロソウダナ!イスキー & ウォリーパークス タチニモ、ハナシテミヨウゼ!」

と言う事で、当時SEMAの会長だったEd IskenderianやNHRAの発起人Wally Parksなどの
SEMAのメンバーに話したところ!「面白そうだ!行ってみよう!」と言う事になりました。

そして会長であるIskenderianの提案でトロフィーを作ることに!「このレースの勝者にこの
トロフィーを!」と言う事でしたが、この時点でトロフィーにはAllerdの名前が刻まれていたそうです。

勝ち負けに関係なく、感謝のしるしだったのでしょう。

そのトロフィーががこちらです↓↓↓

立派なトロフィーです!

MOONEYES Dragsterが渡英するにあたって、ミニカーで有名なRevelとOil メーカーのMobilが
スポンサード!とは言っても、渡航手続きとOilの供給くらいのスポンサードだったようで、輸送費、
滞在先のホテル代はAllerdさんが支払った様です。すごい情熱!どれだけMOONEYES Dragsterを
イギリスに呼びたかったの かが分かります!何時の時代にも熱い情熱を持った方がいたんですね!

イギリス行きが決まったMOONEYES Crewですが、当時から見せ方がうまかったDean MOON。
この為だけに、Crew Shirt  ・ Jacketを作ります。それが、あのYellow のWool Jacket と Revelの
刺繍が入ったShirtでした。Hot RodderやVintageコレクターなら欲しいと思うでしょう!
自分もほしいですが、まず、売りに出ません!

 

写真を見ても分かるように、当時のイギリスではメカニックもカバーオールの下には、
ネクタイをしているのが当たり前!そこにアメリカから来たYellowのDragsterと
おそろいのCrew Shirt・Jacketを着た姿はイギリス人には新鮮でかっこよく見えたのでした!

こういったStyle(?)は当時のイギリスには無く、どこにいってもMOONEYESは人気でした。

そして、レースのスターターDean MOONが務めました。

 

もちろんデモンストレーションですが、かなりの観客がいたようです。
もちろん、MOONEYES CrewもAllardのマシンの調整も行いました。これはBrighton

SilverstoneやBrightonでのレースを終えアメリカに戻った、Dean MOONとDante Duceは
仲間たちにイギリスでの話しをして、来年(1964)に再度イギリスに行く計画を立てます。
そして、AllardとWally Parks(NHRAを作った人物)が連絡を取り合い、翌年の1964年には
Dean MOON とDante Duceに加え、Don Garlits(超有名なDrag Racer)。TV Tommyの
愛称でアクターでもあり、RacerでもあったTommy Ivo。 Sox&Martinと言ったほうが分かる方が
多いと思いますが、Ronnie Sox と Buddy Martin。Dave Strickler と Grumpy Jenkins
(The Dodge Boys)等そうそうたるメンバーがイギリスに渡りました。

そこで、多くのRaceに参加し、多い時は300,000人 の観客が集まったようです。

Allardは1963年に英国のドラッグレース協会(BDRA)を形成し、その後の功績を称えられて
「the Father of British Drag Racing.(英国のDrag Raceの父)」と呼ばれ続けました。

近年、AllardのDragsterはレストアされ、あの時のトロフィーと共にイギリスのミュージアムに
展示されているそうです。

パイオニア達の国を越えたつながりや接点を知ると、何もない所から作ったり・行動を起こしたり
してきた、先人達に脱帽です。

日本で自分がHot Rodに乗って喜べるのも、こういった方がいたからだと勝手に思い込んで
しまいます・・・・。

 

最後にお知らせです。

MOONEYES Dragsterですが、今年の6/23-24にベルギーで行われる
1st European Hot Rod Custom Show開催に合わせ、ヨーロッパに旅立ちます。
詳しい情報はこちら→http://www.hotrodshow.eu/

このMOONEYES Dragsterとヨーロッパとは 、何か縁があるんでしょうね?

 

長々と書きましたが、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。
(次回は、短めにします・・・。)

それでは、また来週!

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お気軽に Car & Motorcycle でお越しください。

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